医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟

会議・シンポジウム記録

2008年2月12日
医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟設立総会議事録

尾辻 秀久
  医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟を超党派で立ち上げたいということで、お誘いを申し上げましたところ、早速に大勢の先生方にご加入を頂きました。発起人の一人として心から御礼を申し上げます。そして、本日その設立総会ということでご案内を申し上げましたところ、こんなに大勢の先生方にお忙しい中をお集まり頂きました。重ねて厚く御礼を申し上げます。今、日本の医療現場は極めて危機的な状況にございます。おのおのについて、いちいち申し上げる必要もございません。もう先生方が日々お感じになっておられるとおりでございます。なんとかしなきゃいけない、このまんま放置できませんのでこの会を立ちあげました。対応をしていきたい、私たちの責任を果たしていきたい、そう考えております。最終的に、中長期的に取り組まなければならない課題、いろいろございますけれども、まずは今早速にやらなきゃならないこと、このことをよく先生方とご相談申し上げながら、とにかく一点集中して、一つずつ早速に片づけていこうという風に思っております。どうぞご一緒に頑張って頂けますようにお願いを申しあげて、まずはご加入して頂いた、そしてお集まり頂きました御礼にさせて頂きたいと思います。どうぞよろしくお願い申し上げます。

鈴木 寛
 大変お忙しい中お集まりいただきまして誠にありがとうございます。

 それでは、改めてこの会の設立趣旨につきましてご説明を申し上げたいと思っています。設立の趣旨でございますが、役員が総会の監修を行っております。お産難民に象徴されます産科医療、小児医療の崩壊、救急重症患者のたらい回しの急増、麻酔科不足や外科志望者減少によります外科手術体制の衰退化の懸念、訴訟・訴追リスク増大によります萎縮医療の蔓延、地域医療従事者の確保難など、崩壊の危機に瀕するわが国の医療現場を立て直し、全ての国民の生命と健康を守り、適切な医療提供体制の再構築を図るため、国民的な議論の喚起と、必要な政策の実現を図ることを趣旨として、超党派の議員連盟の設立を致しました。

 今後の会の進め方についてですが、産科・小児科を含む大変深刻な医療現場、これをどのように対応していったらいいのか、地域における医療者の確保、医療者の過剰勤務の実態、最善を尽くした医療者が訴追・訴訟等々のリスク、こうした問題のあり方についても議論していきたい、と思っております。一方で、医療者の側も、倫理の向上・維持などにも努めて頂かないといけないと思っております。そして何よりも、医療現場におきましては、患者さんと医療者は決して対立関係にあるのではなく、もっとも信頼し、そして協働していくまさにパートナーであるはず、あるべきでありますので、そうした観点からですね、まさに患者と医療者が相互に信頼し、協働する現場を再構築していく、その為に何ができるかといったことを考えてまいりたいと思っております。

 今日は、記念講演会ということで、高久先生、土屋先生から、グラウンドデザインについてお話を承りたいと思っておりますが、次回以降はテーマを設けまして、例えば産科の医療とか、医療者の過剰勤務とか、そうした分野から、30代から40代の、現場で本当に頑張っておられるお医者さん・看護師さん、そういった方々に来て頂きたいと思っております。

 それから、大勢の医療者の方々、患者の皆様方そして私達が一緒になって、議論を尽くすという観点で、シンポジウムのようなものも企画させて頂きたいと思っておりますし、現地の視察、視察といってもただ見るだけでなく、むしろ現場の医療者の方々と国会議員がひざを交えて意見交換をさせて頂く。こういったことも頑張っていきたいと考えておりますので、是非先生方のご協力とご理解をお願い申し上げます。以上私から、会の進め方等についてお話をさせて頂きました。どうもありがとうございました。

鈴木 寛
 それでは記念講演会に移らせて頂きたいと思います。今日講演を頂く先生の紹介をさせて頂きたいと思います。

 まずお一人が、日本医学会会長、自治医科大学学長でいらっしゃいます高久史麿先生でございます。お手元にもご略歴等配らさせて頂いておりますが、東京大学の医学部長そして国立国際医療センターの総長を務められた後、現在は自治医科大学学長そして日本医学会会長でいらっしゃいます。

 土屋了介先生は、国立がんセンター中央病院の病院長でいらっしゃいます。慶応大学の医学部をご卒業の後に、国立がんセンターのレジデントそしてMayo clinicへの留学をされまして、国立がんセンターの中央病院の病院長でいらっしゃいます。高久先生は内科、土屋先生は外科のご専門でいらっしゃいます。

土屋 了介
 ただいまご紹介にあずかりました国立がんセンター中央病院の土屋でございます。私は、レジュメをお渡しいたしましたように、題名にあります「医療現場の危機打開と再建」を私なりに考えさせて頂きたいと思います。

 五点挙げられましたのは、産科医療・小児医療の崩壊、いわゆるお産難民、救急車のたらい回し、外科手術の脆弱化、麻酔医の不足、外科志望者の激減、訴訟・訴追リスク増大による萎縮医療の蔓延、地域医療の崩壊というようなことが挙げられています。

 問題点を細かく見ていきますと、その次にありますように、妊娠中の管理が行われていない方が救急車で運ばれることが多いと指摘されております。以前は母子手帳を持って、皆さん大学病院とかですね、産科のあるところに定期的に行くのが日常的だったのが、核家族化が進んで、なかなか親御さんがそういうことを面倒見てないということでおなかが大きくなってから慌てて駆け込むというようなことが多く報道されております。そして、救急車に乗ったけれども、行く所がないというようなことであります。これがIT化で空いているところはどこかとか探してもなかなか見つからないというようなことが新聞等で報道されているとおりです。それと同時に、例の福島の問題があって、産科の医者が成り立たなくなった、いわゆるサボタージュであろうというような報道がされております。

 二番目の救急車のたらい回しというのはお産に限ったことではなくて、外傷その他についてもです。皆さんがここで倒れた時には、国会内ですから皆さん周りがたくさん気を使ってくれると思うんですが、ひとたびこの構内を出てですね、地下鉄で今日は帰ろうか、地下鉄の改札で転んだ、その時に議員バッジが外れてどっかなくなっちゃった、そういう時に皆さんが何者かわからない、意識もないという時にたぶん東京都の救急車で運ばれるわけでありますが、今日は東大・慶応出身の議員の方もいらっしゃるとは思いますが、都内で救急車に乗ったらあまり安心はできない、と思っていただいた方がよろしいです。特に夜中は危ないです。東京都内で13医科大学ございますけれども、夜中に運ばれてですね、全ての患者がすぐ即座に対応できるのはあまりないです。これは断言してよろしいと思うのですが、というのは、各所で申し上げますが、病院の規模がですね、大学病院といえども諸外国に比べて小さい。大体千ベッド規模でありますけども、皆さんご存じのようにどんなに頑張ってもそこそこ平均在籍日数が14から15日。米国の平均では、大体一週間、7日ということですので、アメリカでは同じ千ベッド規模であれば大凡倍の規模、ということは2000ベッド近くということになります。ところがアメリカでは一か所に、後で申し上げますけども、病院が三つも四つも集まって、いわゆるクラスターを形成しておりますので、それが3000ベッドとなると、それが日本の6000ベッドから8000ベッド分の役割を果たしているということになるので、そこへたどりつけばなんとかなる、夜中でもフルに、どの科でも活動している。これが皆さんがNHKでご覧になるERの実態であります。従って、石原都知事が、「東京ER」ということを都立病院に作りましたけれども、都立病院の多くは600ベッド規模であります。そこに、夜中にどの科も全て動くようにするというのは、財政的に無理なわけであります。そこで、これは名前はERでありますけれども、テレビで見るERとは雲泥の差だということは知って頂きたいと思います。

 従って、三番目の外科手術の脆弱化、これは麻酔医が絶対的に不足しているのでありますけれども、麻酔看護師制度、これは麻酔学会その他があまり賛成をしておりません。これは、通常欧米であればですね、麻酔医一人に助手がついて参ります。ところが、日本には麻酔看護師、麻酔助手といったものがないので、医者が一人で駆けずり回るというのが実態であります。スライドは後ほどまとめてご説明いたします。外科医の労務管理ができていないということについては、関西医科大学で外科の研修生が過労で倒れた事件はみなさんご存知だと思います。私ががんセンターの副院長時代に職員に対し超過勤務をきちんと申請しろと指導したことがあります。

 皆さん80−100時間、1週間40時間のはずなのにどうしてそんなに働けるのかと思いますけれどもみんな病院に泊り込んでやっているわけです。職員の半分が超過勤務表を出してきて、残りの半分は出しても給料になるわけではないと知っていますから出してきませんでした。

 予算・決算とやっておりますので、みんな一律した残業代しか払われないことを知っているわけです。雲泥の差だということはお知りいただいてよろしいかと思います。
しかし2年後に独立行政法人化しますと、労働基準法が適用されますので、院長のクビが飛ぶ、というわけでみなさん気をつけてくださいというわけです。

 ここからスライドに沿ってお話をいたします。まず日本の現状ですが、大学病院をはじめとした総合病院がいくつかあります。ピンク色の中小病院、あるいは診療所というのは、外科の労務管理がほとんどできていません。夜中でも頑張っているといい医者だと、患者さんもそう思う、国民もそう思う。ところが冷静になって考えてみれば夕べ寝ずの番をやって翌日手術やってこんな危険なことはない。パイロットでも電車の運転手でもきちんと労務管理をする。ところが人の命を預かってメスをふるう人間が労務管理されていない。これが日本の医療の実態であります。したがってひとりの外科医、あるいは内科医もそうですけれども診療以外、医療秘書あるいは麻酔看護師、いわゆるスペシャルナースとよばれるより特化したナースがついているのが欧米では普通であります。フランスでは一人の医者が回診すると10人ぐらいが後をぞろぞろと医者以外の職種がついていきます。アメリカでも同様です。教育ではレジデントというトレーニング中のドクターがペアで、っていうことが大変大事になります。これは何で大事かっていうと、これは小間使いで使うわけではなくて、レジデントの方は教科書で習った通りの主張をしますのでこれはスタッフドクターの監視役になるわけですね。診療がオープンである、という意味で医療はいつもフェアーでないといけないということになります。研究には研究助手がいる、これは大学とか私ども研究病院では研究を補助する者も必ず必要になってきます。

 そして4番目に訴訟・訴追リスクの増大で萎縮医療というのが、これはいろいろな面で問題になっていますし、先週もADRの方で協議会が立ち上がりましたので今日は書くだけに留めさせて頂きます。

 そして地域医療の崩壊、大学からの出張者の減少と臨床研修制度が悪の権化であるというようなことが言われていますが果たしてそうであろうか、ということであります。この注釈にいくつか書いてあります。医者は大学卒業時には一人前ではない、これはどの社会でもそうですね。どの会社でも雇った四月早々にですね、いきなり一人前扱いするところはどこにもないわけですね。従って僻地医療に、ごく一部の方はですね、研修生を行かせたらいいじゃないかと乱暴なことを言いますけれども、これは一人前じゃない医者を僻地に行かせる、これはそこの住民を冒涜している。ということは今まで大学病院から教授が派遣してた医者は、これは住民を冒涜していたと言ってもよろしいじゃないですか。なぜなら、大学は各専門科に分かれています。循環器だ呼吸器だ、そこだけを5年10年勉強した方が僻地へ行っても役に立たないということでございます。従って去年の今頃ですね、厚生労働省から、根室市立病院の医者が旭川医大に引き上げてしまったので、援助してほしい。国際医療センターにも言ったけれど待てない。がんセンターから外科医を二人出せ、っていう要求が来ましたが、私は突っぱねました。なぜか。私どもの外科医は、10年20年胃がんとか大腸がんしか切ったことしかありません。その医者を根室市の市立病院に送ってもですね、大変失礼なことになるわけです。いわゆる私どもは俗にアッペ・ヘモ・ヘルニアと言いますが、盲腸とかですね、ヘルニアとか痔の手術、これはもう10何年20年やってないわけです。ところがその地域で必要なのは、そういう手術を含めてあるいは急性腹症と呼ばれる胃がパンクをしたあるいは大腸がねじれた、そういう手術は10年も20年もやってない医者がおるわけですね。送り込むということは大変住民に失礼だということでお断りしたんですが、某課長は2, 3日したら来るから院長よく考えとけというもんですから。マスコミが、私が中川政調会長を蹴とばしたと面白おかしく書かれてしまったんですが、中川先生からはまさかがんセンターに行くとは思わなかったということでした。やはりその辺の認識をですねしっかり持っていかないといけないということになります。そして大学の専門医も僻地医療の医師としては半人前ということは今言ったとおりです。で、医療者に自浄作用がないということでしたがって今のようなことが今まで行われていたのです。医師会は、こう言ったら失礼ですが、やはりA会員というのは病院やクリニックの経営者ということでこれが主体でありますので、開業の先生の意見はよく反映されていますが、勤務医の意見は出ていない。学会はやはり大学教授が中心になりますので、やはり実際の勤務医の意見は吸い上げられないということになります。したがって臨床の第一線の市中病院の勤務医の意見の集約ができていないということでこれは全医師の加盟の医師会というものがぜひ必要だろうと。私は決して医師会に反対しているわけではありませんで、勤務医も全部加わった、全医師が専門家として専門医としての意見を明確にしないといけない、そのかわり一度決めた以上は全加入者が従わないといいけない、これが職業団体というものだと思います。それともうひとつ、厚生労働省の医系技官は臨床を知らない。大学は医学部を出ているかもしれませんし、5、6年は臨床をしたかもしれませんが、ここ10年の臨床の進歩は目覚ましいものがあります。それについていけていない。私は6年前から手術はやっておりませんので、現場のことにいきなり口をさしはさむことはありません。各専門分野の診療グループ長を呼んで、この意見を聞いてから判断いたします。ところが厚労省の方は私たちや勤務医を呼ばずに決断を致します。従って尾辻先生が厚生労働大臣の時に情報センターを作っていだたいて予算を14億つけて頂きました。ところが厚生労働大臣を辞められたあともう一度視察に来て烈火のごとく怒られたのを今でも覚えております。なぜお怒りになられたのか?14億円を患者のための情報の発信のために造ったのに一銭も使われていないじゃないか。ということで怒られたわけであります。役人の手を渡ると、せっかく大臣が考えた構図もその通り描けないというのが今の実態なのは、役人が臨床を知らないことに起因すると私は思っております。

 では、理想の医療体制はどうであるか、という時に先ほどちょっと出ましたけれども、今まで総合病院と各専門病院、あるいは市中病院、診療所がバラバラであるのも、やはりいわゆる高度医療はですね、集約化して病院群として、クラスターとして24時間そこに駆け込めばなんとかなる、救急車に乗ったらそこに行けばいいというところを確固として作るべきである。これは次のページにありますように、わたくしはそういうクラスターは病院群として人口100万に一か所くらいだろうと、これは欧州でも米国でもだいたいそうであります。かかりつけ医はやはり住民1000人に対しては1診療所、これが各住民の健診あるいは日常の健康増進の基盤とするということが必要である。ところが我が国ではこのかかりつけ医の教育ができていないということがあります。専門医はたくさん揃っていますが、各大学が専門専門になっていますので各医局では専門医も連携していません。ところが皆さんが必要なのはかかりつけ医ですね。とりあえず相談する医者が必要だ、自分が胸が痛いって言ってもですね、心臓が痛いんだか肺が痛いんだか食道が痛いんだか分かれば苦労しないんですね。分るのが医者であります。皆さん素人でわからないから医者に聞くわけであります。ところがその医者が循環器しか知らなかったら聞いてもですね、肺がんの診断はできない、食道がんの診断はできないということになりますので、これはかかりつけ医は広く浅くすべてのことに精通していないと困る。その方が、このことについては私が専門家を知っている、専門家に託せばいいわけです。したがって大学病院とか大病院では総合診療科というのはいらないわけです。私どもの病院では去年の4月から全部紹介患者だけを受け付けるようになりました。がんセンターという極めて特殊な専門病院でありますので診療所の先生方がゲートキーパーとして仕分け作業をして頂いた後に来て頂くというのが私達専門病院であろうと考えています。そして、そのためにはですね、医学部卒業後、やはり5、6年の時間をかけて総合臨床医を育てる、大まかに勘定して医師会の会員の方は全医師数の約四割の方で、開業し診療所にいらっしゃるわけですから、学生が8600人卒業すると その4割は総合臨床医としてのトレーニングを5年ないし6年受けるべきだと考えております。今までは100%専門医の教育であった、ということであります。それと先ほど申し上げた医療の共働者、コワーカーも育てていかないといけない、ということになります。かかりつけ医が病診連携を求められるのはその通りであります。そして全医師加盟の医師会というのがやはりそのためには政策立案、そしてこれを厚生労働大臣に提言するという意味では是非専門家集団として必要であろうと考えます。

 そして最後に申し上げたいのは、こういうことを解決していくのにですね、10年20年先はこういうバラ色がある、メディカルクラスターができる、皆さんの周りに医療的な相談をしても相談に乗れる医者がすぐそばにいる、主治医が身近にいる世界をつくるためにいきなりはできないわけです。したがって私は多くの問題が三段階で考えないといけないと思っています。とりあえず今困っている方を救うための解決策というのがあります、そして中期的にある程度のアウトラインを示す、最後に完成品になっていく、ということです。

 ひとつだけ例をあげれば、先ほどの僻地医療でありますけれども、これは私が蹴とばしたところでいく医者がいないということで国立病院課がですね、国立病院から7名の医師を募集して送りました。その時はニュースになったんですがその後ちっともニュースが出てこない、ということは成功しなかった。なぜ成功しなかったか。東京にいる先生方を捕まえていきなり僻地に送っても役に立たないというのは先ほどの通りです、従ってそういう方を送り込むんであれば、最低でも3か月、できれば6か月トレーニングをしてから送ってあげないと失礼なわけです。ある程度の経験がありますから、3ヶ月6ヶ月やったら僻地に行っても耐えるだけの力がつくと思います。その方に1年とか3年とりあえずそこを守ってもらっている間にですね、3年くらいのプログラムで若い方をしっかり僻地で耐えられるだけのトレーニングをする、そういうのを送り込むのが第一段階であります。さらに第二段階ではきちっとした教育制度を整えていく、メディカルクラスターも一方で作っていって僻地で困った時には国松さんがやられている、ドクターヘリを飛ばしてそこへ運ぶ、ってなことが実行されるわけです。最終段階では、10年後20年後にはきちっとした医療体制を整えていく、ですから3段階でいろいろな物事を解決していただければよろしいのではないかと考えております。

 最後、簡単にスライドを見て頂きたいと。1枚目。じゃあ次お願いします。これが今の状況ですね、各病院がバラバラである。次のスライド。だから私のいったメディカルクラスターというのはこういったことで、大学病院の構内にですね、がんセンターとか、あるいは循環器センターとか周産期センターとか、これが同じキャンパスで有機的に結びつかないといけないということになります。そしてその周りに皆さんの主治医である診療所の先生がいらっしゃいます。次のスライド。これはヒューストンのテキサスメディカルセンターで、この写真の中に写っているのはほとんどが医療施設です。40の医療施設が同じような電子カルテをつかってやっているようなことになります。次のスライド。ですから先ほど言ったように総合臨床医といったものを育てて周りに配っておかないとこういうものは役に立たないということになります。

 次のスライド。で、従って臨床研修制度はこれは評価が相半ばしておりますが、原因は次のよう。これは卒業生が8600いるのに席が11000用意されています。当然埋まらない。次のスライド。これは左側の黄色いのが大都市の病院です。で右側に行くほど中小都市になっていきます。そうしますと赤い線が定員です。各病院が申請した厚生労働省が認めた定員が赤い線で大都市の病院は埋まっているわけです。8600埋まったら中小都市の定員が満たないという病院がたくさんある。従って地方の大学にはほとんど人がいないというのがこれでお分かりになると思います。次のスライド。従ってこの定員をですね、この太い赤線のように適正化すれば中小都市でもきちっと大学病院その他に人間が満たされる、ということでこれは若い医者が勝手に言うことをきかないわけではなくて、これが政策の失敗だとわたくしは思っております。

 次のスライド。従って呼吸外科医をですね、この試算で行けば3万件の肺がんの手術をひとりが100例やれば日本中300人いれば肺がん手術ができる。私は30年間やっていたので肺がんを例にしますが、そうしますと20年間外科医として働けばですね、年間15人補充していけば日本中の300人の医者が補充される。ところが今呼吸外科の専門医は1500人認定を受けております。ということはひとり30例くらいしか手術をやらなくても専門医になれるということになります。1年52週ありますので毎週手術やってないということになります。次のスライド。アメリカではこういう教育プログラムが1冊の本にまとめられております。次のスライド。各施設ごとに人数が書いてあります。次のスライド。たとえば先ほどヒューストンでは胸部外科医はここにあるように全体で14人しかあそこにはいないんですね、ところが心臓の手術は年間に5000例やられています。国立循環器病センターで1000例、榊原記念病院で1000例です。ところが5000例やっておきながら毎年育てている医者がこれだけ14名。ところが家庭医はこれだけの数142名ですね。各病院で何十人ずつ育てている。ということで、教育体制がいかに違うかということがお分かりいただけます。次のスライド。で、教育にはやはりベッドサイドで患者の前で教えなくてはいけない、文科省が今やっていることはクラスルームで、こういう講堂で講義だけやって医者が育てば苦労しないわけですね。皆さん明日お医者さんになっちゃうわけで。やはり患者さんの前でベッドサイドで教育をやらないといけない。次のスライド。これはもう一つのメディカルセンターで、メイヨーメディカルセンターですが、ここもやはり2000ベッドを持っている。ですから3倍でいけば6000ベッド。

 次のスライド。ところががんセンターはがんセンターだけで立っていますね。次のスライド。ところが目の前に築地の市場があって、都知事はここをオリンピックのメディアセンターにっていうんですが、魚市場をですね折角なら人間市場にして頂きたい。次のスライド。こういう絵を描いてですね、メディカルセンターを作るに十分な27ヘクタールあります。でもし都知事がどうしてもオリンピックをやるんであれば品川の客車の基地ですね、あるいは田端の操車場に、JR東日本さんがいらないそうですのでね、あるいは西の方は日野の電車基地、そういうところにこういう医療クラスターを作ればですね、夜中でもここに飛んで行けばすべて解決する、そういうところがあればですね、別に電話で病院を探さなくても大丈夫ということになりますので、是非各県にですね、都道府県に一か所医療センターを作って頂きたい。次のスライド。こういう風にして教育制度の確立をしていいお医者さんを育てるということが10年後20年後の最終的な解決ではないか。最後のスライド。これだけのものができると新知見ができます。次をクリック。で、晴海の方はオリンピックのメイン会場よりも医療産業を呼んで頂いて、この新知見を持ってって頂く。クリックを押してください。もう一回。もう一回。そうしますと、お金を持って新知見が飛んできますのでここで新しいものができるということになりますので医療産業上も大変よろしいということになると思います。どうもご清聴ありがとうございました。

高久 史麿
 学会などで話すことが多いものですから、スライドを使ってお話したいと思います。鈴木先生からのご依頼の課題は、医療現場の現状と問題の打開と再生への道筋でしたが、私自身、今のところなかなか良い道筋が考え付かない。ですから私は現在の問題点を指摘させて頂きたいと思います。現在直面している問題点はいくつかあります。まず、ご存じのように一つは実際に医師が足りているのかということ、それから病院医療は、特に私の大学は栃木県にありますが、大学の周りの事情を見ますと大学病院を含めて危機的な状況にある、それから地域医療の問題、プライマリケアの必要性ということで、お話したいと思います。ご存じだとは思いますが、日本の医師の数はOECDの加盟国の中では明らかに少なく、27位になっている。ある先生が講演された時のスライドをお借りしたのですが、医者はなぜ足りないのか。ひとつにはドクターの仕事の増大ということがあります。診療科の偏在、地域偏在ということはご存じのとおりですし、病院のドクターの開業志向もあって病院の医師が足りなくなっている。専門分野の細分化、土屋先生のお話にもありましたが、一人のドクターが自分の専門の患者だけを見るため診療の範囲が非常に狭くなっています。女性医師の増加、患者さんからの要望が非常に強くなっているということ、労働基準法の遵守が言われていまして、研修医が夕方5時に帰るとそのあと指導医が仕事をするという状況になっています。全国医学部長病院長会議がまとめたもので、大学のことが主になっていますが、形成外科、皮膚科、それから麻酔科、耳鼻科が増えている。これは形成外科や麻酔科、皮膚科は患者さんが亡くならない科であるということです。麻酔科も世の中で言われているほどは減っていなくてむしろ増えている。減っているのが産科、小児科というのは言われてきたのですが、実際には外科のドクターも減っているというのが大きな問題です。外科学会がまとめた資料では、外科志望者数が減少しているということで、かなり急激に減っています。厚生労働省が、一昨年の7月にまとめた「医師の需給に関する検討会」の報告書の中では、医師は全体として、充足していると考えられると書いてありました。地域的に偏在があるということで、十の県で今年から十人ずつ増やすということが決まっていることは、皆さんご存じのとおりです。私が所属しています自治医大でも、10名、10年に限り増員するということになっています。「緊急の医師確保対策」として、色々に挙げられていますが、女性医師が働きやすい職場環境の整備という事が挙げられています。現在の医師不足を解決するためには、一番手っ取り早い方法ではないかと考えています。それから、来年から、各県で5名ずつ、主に将来、産科、小児科、麻酔科、あるいは、僻地医療に従事する者を学生を5名づつ北海道は10名ずつ増やしていくという事になっていますが、大学に入学する前の、高校の時点の段階で、産科、小児科医になるのを決めるのは厳しいのではないかという意見があります。女性医師については、日本女医会で調査をしています。その結果をご紹介します、専門診療科を見ますと、皮膚科は非常に女性が多くて、男性医師の割合が少ない。それから、女性医師が多い科が眼科でして、皮膚科も女性医師が多く、これは止むを得ない事情だと思います。

 勤務形態を見ても、女性医師は非常勤の勤務が多い。また、非就労者の割合が、男性の場合は1%もならないのですが、女性の場合には8%となっています。この8%の人に働いてもらう必要がある。それから、女性の方が、男性より、労働時間が短い。当たり前の事だと思います。年収を見ましても、男性の勤務医が、平均が1000万から1500万であるのに対して、女性の勤務医が500万から1000万、非常勤が多いからだと思います。
日本女医会のまとめでは、女性医師の専門診療科として、外科系が少ない。眼科は別ですが。それから非常勤が多い、一週間の平均労働時間が短いという事などが挙げられています。文部科学省は「地域医療等社会的ニーズに対応した質の高い医療人養成推進プログラム」、非常に誰にも覚えられないような名前なので、医療人GPと言いますが、そこで、女性医師支援プログラムを募集いたした。私どもの大学も、幸い、それに募して通りましたので、さっそく、女性医師支援センターを立ち上げて、今動いています。

 育児支援と復職支援、職業継続支援でありまして、育児支援は専らボランティアの方々にお願いするということで、お互いに連絡して実施しています。小児科の女性の教授が女性医師支援センターのセンター長となっています。

 次の病院医療の危機は今更言うまでもない事ですが、これも先程紹介した、ある日本人のドクターの方のスライドをお借りしました。その方と米国の医師とのQ&Aで、日本の診療報酬は、医療費に占める外来部門の割合が非常に高くて、病院の診察料が割安だと言っいます。私が勤務しています自治医科大学の救急外来患者のデータでは、ご覧になっておわかりのように、救急患者が急激に増えている。しかも、平日の昼間の患者さんが非常に少なくて、大部分が夜間、休日に来ている。昼間に来られた場合には、救急ではなくて一般外来に回るというせいもありますが、大学病院の救急はパンク状態になっています。
それからもう一つが、手術の件数が急速に増加をしていて、数年前に比べても2倍以上になっています。どうしてそういうことが起こっているかといいますと、周りの中小病院が手術をあまり行わなくなったからです。ご存知のように、以前は、外科の先生も麻酔をされていたのですから。最近は、外科の先生は、事故を恐れて、自分は専門外だとして麻酔をやらない。また、中小病院から外科医が去っている。今日の昼飯の時に、外科の教授から聞いたのですが、私どもの自治医大で悪性腫瘍の患者でも二ヶ月間手術を待ってもらっている、その間に患者さんが悪くなるということもある。外科の手術場をフルに回転してでも間に合わない。その間に患者さんが悪くなったときに裁判になるのではないかと非常に危惧していました。

 私はもう患者さんをみておらず、医療に関係する仕事と言えば、もっぱら紹介状を書くことで、友人や、親類に頼まれて色んな紹介状を「この患者さんをよろしくお願いします」と書いていたのですが、最近書いているのは、「この方の手術を早めてくれ」という紹介状でして、東京でもある大学病院にかかったら、子宮筋腫だから8ヶ月待ってくれと言われた。気の毒だというので紹介状書きましたら、4ヶ月短縮して下さって、昨年の12月にお願いして今年の4月に手術をして頂くことになっている、そういう状況になっています。
東京都内でもそうですから、地方ですと、もっと、ひどい状況になっている。非常に危機的な状況です。かつて、イギリスのNational Health Serviceのサービスが悪くて、手術をずっと待たなければいけないということで、ビックリしたのですが、それの事が、日本で、現実に起こりつつあるということです。それから、病院勤務医の開業志向ということは、ご存知の通り、前から言われていることですが、中小の病院勤務医のQOLの低下の低下が問題になっています。2001年の、「ブリティッシュメディカルジャーナル」に「医者はなぜ不幸なのか」という論説がありました。この時は丁度、Mrs.サッチャーが首相でして、医療費を削減しました。そのために、一番上に為政者の無策と書いてあります。その後は、医師の過重な労働、業務量の増加、患者からの過度の要求という、まさしく、日本の現在と同じ事が、既に、今から7,8年前のイギリスのメディカルジャーナルで指摘されていました。

 研修医の睡眠時間と健康ということで、特に、研修医の睡眠時間が短いと事故を起こしやすいということが、前から言われています。また研修医自信が重大な事故に遭遇する危険性が増える、お酒を飲む量が増える、体重の著しい変動、が睡眠時間が短いと起こる。それらは、研修医もナースも同じことですが、受け持つ患者が一人増えると、患者の死亡率が7%増えるというような文献もあります。厚生労働省が調べた「医師の勤務状況調査」でありますが、病院の常勤医師の一週間の勤務時間が63.3時間で、残業が月に100時間ということであります。このデータを見ますと、これで死ぬと、過労死になる状況です。
診療科別では、産婦人科が長くて69.3時間、その次に、小児科が68.4時間となっています。前から言われていますということで、あえて言う必要もないと思いますが、一番左側のところは、病院勤務の日本のドクターの数では、アメリカ、イギリス、ドイツ等に比べて明らかに少ないという事がわかります。厚生労働省の「医師の実況に関する検討会」の報告では、病院勤務医が70.6時間、開業医の場合には、52時間という値が出ていまして、病院のドクターのの方が、勤務時間が長いということは間違いないと思います。
これもまた、別なソースでからすが、「各国の医師の労働時間の比較」として、日本、イギリス、フランス、ドイツを見ていますけれども、日本の方が長い。外国の場合には60歳以上はあまり働いていない。日本の場合には80歳以上まで働いていて、大体、日本の80歳以上のドクターが、イギリスの60歳以上のドクターと同じくらいの時間働いておるということです。実は、私が関係している財団で、日本の医学生をイギリスの医学校に4週間ほど臨床実習させているのですが、報告書を見ますと、イギリスの病院のドクターは、日本の先生と違って、5時か、6時には皆家に帰るとしてびっくりしていました。
それから、全国の病院の7割以上が赤字というのはご存知の通りですが、自治体病院の場合には、90%が赤字です。こういうことを言うのは、私の専門外ですが、日本のGDPに対する医療費の割合が少ない事が原因のひとつになっている事は、皆さんご存知の通りであります。

 実は鈴木先生からせっかくだから自治医大についても話をするようにということでしたので、私どもの大学のことも、少しお話しします。自治医大は1972年に開学しました。各都道府県がお金を出して、開学したのですが、その時に、当時のマスコミからは、非常に悪く言われました。自治医大は税金をドブに捨てるようなものだと、多分、全ての学生が、お金を返しても僻地に行かないのではないかと言われました。
しかしながら実際には、2.7%がドロップ・アウトしましたけれども、卒業生の97.3%が義務を果たしています。

 一つは、全寮制にして、学生が全部一緒に泊まるということが、ドロップ・アウトする学生が少なかった原因ではないかという風に考えています。私どもの大学でも、開学以来、プライマリ・ケアの教育に重点を置いてきました。3年ほど前に自治医科大学におけるプライマリケア教育という題で、文科省から補助を受けています。その中で、一番重要視していますのは、大学病院外の必修のBed Side Learningで、医学生が、卒業生が働いている地域の診療所に2週間ほど寝泊りを一緒にして、卒業生から指導を受けるというカリキュラムです。自治医大卒業生の義務年限内の勤務状況、9年間の義務年間がありますが、義務年限内の卒業生の56%僻地に、13%は拠点病院に勤めております。義務年限が終るとさすがに、僻地から離れる者がかなりいますが、それでも21%の卒業生は、義務年限が終わっても僻地に留まっています。拠点病院には8%います。自治医大、今まで3000人卒業させています、ということは日本の全医師の中の1%ですけども、国保の病院診療所には卒業生の20%が勤めています。特に、20床から49床の小さい施設で自治医大の卒業生が数多く働いています。

 日医の今の会長の唐澤氏ご就任のときにお話になった事ですが、日本では医療提供体制整理されていない。一次医療、二次医療、三次医療と分けて、家庭医、かかりつけ医、総合医などと呼ばれているゲートキーパーの医師が、まず患者さんを診て、その紹介で、地域の病院さらに基幹病院に行くという、そういう医療提供体制が日本では十分にできていない事が問題です。

 国民健康保険中央会が「地域住民が期待するかかりつけ医師像に関する研究」の報告書で報告していますが、その時に、模範的なかかりつけ医、確か300人位が一次の推薦を受けまして、その内の17人を選びました。私も研究会の会員だったものですから、その17人の中の1人にインタビューをしました。かかりつけ医として理想的な姿として、専門は、内科、外科、あるいは小児科とかいうものではなくて、地域が自分の専門である。時間外、夜間の診療に積極的である、在宅医療に積極的である、住民の信頼が厚いという事などがその17人の特長としてあげられていました。医師を評価する患者の声としては、よく言われていますことではありますが、患者と話が出来るなど、色々な点を挙げていました。その17人の名前を表で紹介しましたが、この中のうち、3人は自治医大の卒業生で、自治医大の卒業生は開業しているのは少なくて300人、全開業医の0.1%なのです。ですから、17人の中で、3人選ばれているのは非常に光栄です。
現在、日本医師会の学術推進会議でかかりつけ医(仮)の検討が行われています。日本医学会としても関心のあることです。

 最後に、日本医学会の事を、お話したいと思います。日本医学会は1902年に創立しましたから、100年以上経っていますが、102の分科会があります。私は4年前から会長をしていますが、それまで100年以上にわたりまして、基礎医学の先生がずっと会長をされてきたということで、医療の問題は余り議論になりませんでした。しかし、現在、日本医学会の臨床部会で、いろいろな問題を、作業部会を作って検討しています。一つの問題は、今は医療安全委員会に変わった医療事故調の問題、専門医の問題もあります。それから利益相反の問題などをとりあげています。医療安全調査委員会について、日本医学会の作業部会での議論の一部を紹介したいと思います。最初に日本医学会所属の19の学会が第三者機関を作るという提案をしたということもありますし、もともと医師法21条が問題になったのは法医学会が、法医学会も日本医学会に属しているのですが、事故死の定義を変えたということに原因がありました。したがって、日本医学会としてはその医療安全調査委員会の設立そのものには賛成です。ただ問題点がいろいろある。ひとつは調査委員会に患者の立場を代表する者が含まれるということは問題である。透明性を保つためには市民の代表にした方が医療側からの反発が少ない。他の分野事故の専門の方にお聞きしても、当事者の立場を代表するものが初めから入るのはおかしいと言っています。
それから診療関連死の定義をはっきりする必要がある、それからメディエーターなどを介して、患者さんと医療者側との間で話し合いをして、それでまとまらない時に安全調査委員会に持ち込む方が良いのではないか。また、報告するにしても、話がまとまった場合には簡単な書類の報告だけにする必要があるのではないか。もうひとつは重大な事故を警察に届け出るならば重大な事故の定義を、医療者側が納得する形でという事です。
重大な事故の判定ですが、医療の専門の人にもけっこう専門バカといったらおかしいですが、良くわかっていない人がいる。そういう方がおられると非常に混乱するのではないか。それから警察ではなく安全調査委員会に届けるとなると、今のような刑事罰になった医師が行政処分を受ける、それを医道審議会で行うという形ではなくて、医師の集団による自律的な処分制度を作るべきではないか。その制度は日本医学会、日本医師会、日本病院連絡協議会を中心として、特に日本医学会を中心になる事を〇〇するというような提言がなされました。
問題の解決というよりも問題の提起をさせていただいて話を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。


仙谷 由人
 長時間この「医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟」の発足の集まりにご参加をいただき、ずっと熱心に両先生の記念講演をお聞きいただきましたことを改めて感謝を申し上げます。本当にありがとうございます。実は、6年前に胃がんが発見されて国立がんセンター中央病院で44日間入院いたしました。医療現場のことをある意味で身をもって体験をいたしまして、退院後、まさに坂口力厚生労働大臣、その後は尾辻先生を相手にですね、がん治療に象徴的に現れている問題を取り上げるということで日本の医療提供体制全般の崩壊の危機を何とかしたいと考えて、質問をがんがんしてまいったわけでございます。お二人は大変苦しそうに答弁をされていた訳でありますが、顔からみておりましてもですね、お前の言いたいことは全部わかっとると、だけどもできないのがこれ問題なんだ、とまぁこういうことがありありと見てとれましたし、私的にお話するとそのとおりでありまして、なんでそんなにみんなが危機状況を認識して心配しておるのに、その現状を乗り越えて克服することができのかというのがこの数年の私の問題意識であります。そうするうちに山本孝史参議院議員がついに2年でお亡くなりになったということもございまして、ここは与党野党を越えてでも日本の医療の再構築をしていかなければならない、ほとんど今日網羅的にあるいは補完的に土屋先生、高久先生からもお話いただきまして、ほとんどみなさん方の認識でもですね、問題点はもう認識をされていること、共感・共鳴されることばかりだったと思いますけれども、これをどうやって越えていくのかという議論を今後みなさん方と是非集中的に、あるいは積極的にやっていって、我々日本のいずれは患者になるわけでございますんで患者にとって最もいい医療提供体制を作ってまいりたいと思っております。
先生方の熱意によってこの日本の現在の医療提供体制の危機状況を打開していく、どうぞひとつよろしくご協力とご参加ご出席をお願いいたします。どうも本日はご苦労さまでございました。ありがとうございました。

TOP概要/ 活動報告/ ご意見リンク

このサイトはリンク・フリーです。
Copyright(C)現場医療の危機打開と再建をめざす国会議員連盟事務局