医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟

会議・シンポジウム記録

2008年5月9日
医療現場の危機打開と再建をめざす国会議員連盟第二回総会議事録

(講演部分のみ抜粋)

司会
 それでは、早速お願いを申し上げたいと思います。ここからは門田先生に、三先生含めての進行もお願いしたいと思いますので、宜しくお願いします。

門田守人先生
 はい、ただいまご紹介に頂きました大阪大学の門田でございます。さきほどのご紹介と配布のコピーも、私が外科学会会長となっておりますが、実はその役職はもう降りてございます。去年の四月で、学会を開催しますと次の人に会長を譲るという事になっており、その前の一年間外科学会会長としてやらせていただきました。その訂正をさせて頂きます。
 お手元に「外科からの提言」というタイトルで、最近「医学のあゆみ」という医学雑誌に掲載したものをお配りしておりますが、昨年の外科学会会長講演のサマリーでございます。その内容を本日お話させていただきたいと思います。私の話は外科に偏ってしまいますので、本日は池田先生と八木先生にも一緒に来て頂いておりますので、内科の立場、あるいはその他の医学会の中での動きなどを含めて、補足していただきたいと思っております。ただ時間も限られておりますので早速私のお話を始めさせていただきたいと思います。
 先ほどもお話申し上げましたけれども、これは実は昨年の四月に私が外科学会の会長として会長講演をしたころの新聞の切り抜きでございます。この段階で医療崩壊が始まった、あるいは瀕しているなどといろんな意見がありました。皆さんご存知の通り、それを過去をさかのぼって見ますと、これは慶應大学の権丈先生の冊子から頂いたものですが、とにかく医療事故のニュースになるのが増えている、それから4,5年遅れて、医師不足という話題が、どんどんどんどん記事になりだしたタイミングに、私が日本外科学会の副会長のお役を仰せつかったのであります。会長公演として研究のお話をするのも必要だろうとは思いましたが、医療がこういうところまで傾いてきているときに、これをテーマにせざるを得ないと考え、私の学会では、とにかく社会の中の外科学、といいますか、社会の中の医学という事をテーマにしたいと思いました。
 そこで、「社会と共に進化する外科学」という事で「Changing Society, Evolving Surgery」という形で外科学会定期学術集会のメインテーマを決めさせていただいた、という事でございます。そして、本日お話させていただくのは、その中でお話しさせていただいた内容を中心に今からお話させていただきたいと思います。
 そこで、社会と医学の接点、という事をもっともっとやらなければならなかった、というふうに考えました。同時にどうしてここまで世の中が、傾いてしまったのか、といったことを考えるに、今回、この議員連盟を立ち上げていただいたという事は、私たちにとっては非常に心強いと申しますか、いや、やっと立法府が動いてくれるんだ、という事で非常にうれしく思っております。さて、本来の話に帰りますが、外科学会でございましたので、外科という事を中心にお話をさせていただきました。最初に出てくるのが、外科医が不足しているという話でございます。本当に不足しているのか、という事が以前から言われていて、政府と我々とは意見が違うという事でした。これはどこにでも出ておりますので、皆さんご存知の通りだと思いますが、要するに医師全体はこういう形でどんどん増え続けているということです。毎年4000数百人づつ増えていっているという事は間違いないのです。ただし、偏在という表現になっておりますけれども、この黄色であげている外科系、小児科、産婦人科あるいは麻酔科ではほとんど増えない、という事なんですね。こういうふうにして、外科系が全体としてあげておりますので、外科、心臓血管外科、呼吸器外科、小児外科、全部合わせておりますので、この間に2.1パーセントの減という形なんですが、実は外科、いわゆる一般外科と言われるものだけですと6パーセントくらい下がっております。この外科といわれるものが、後ほどお話させて頂きますが、いわゆる専門医じゃなくて、外科医という形で救急やったりいろんな事やってる者がいるのですが、この人たちが減ってきている、という事実があるわけですね。ですから、そういうところから問題が発生してきているのかと思います。
 そこで、外科学会でございましたので、外科学会会員数の変化を見てみますと、1980年ころから、どんどんどんどん外科医は増加しており、花形だといわれた時代がありました。そして、1994、5年くらいにピークに達して増減がないように思えるのですが、外科学会の毎年の新入会員数の推移をプロットしてみたところ、1986年から20年間できれいな右肩下がりの直線になるんですね。Pが0.0007という素晴らしい相関性があるわけです。それで、ゼロと交わるのはいつか、という事を計算しますと、2014.9年、2015年にゼロになる、という結果が出た、という事であります。しかし、最後の2年間は「新臨床研修制度」が始まってからのデータ、という事でちょっと違うんじゃないか、ということが考えられますので、その後の2年分のデータを追加してみましたけれども、結局2016年あるいは2017年にゼロと交わる、という事になったわけですね。逆に、この臨床研修をはずして、それよりさかのぼって20年間というものを見てみますとどうかというと、やはり、2018年にはゼロになる、という事で、よくその新臨床研修が問題があると、という言い方をされる訳ですが、実はそうではなくて、何かの理由によって20年ほどかかって徐々に徐々に外科離れが進行してた、という事が言えるのではないか、とうことであります。
 そして、それがどういう形として現れてきているか、という事ですが、これは最近の新聞の切り抜きですが、救急医療が特に関西で、凄くおかしくなっております。救急がおかしい、という事が話題になっており、三次救急が危機的状態、と一般的に言われておりますけれども、三次救急が危機的状況になっている理由は何かといいますと、二次救急が駄目になって、二次救急が崩壊してしまったためそのしわ寄せが三次救急に来ているのである。そこで二次救急やっていたのは誰かというと先ほど申し上げましたけれども、二次救急は多くは外科医、いわゆる一般的な外科医として働いている人間が救急が担当しておったと、という事があります。したがいまして、外科の医師が不足している、という事はあまり問題になっていないかのように思われがちですが、この救急の崩壊は、本当はその底辺をやっている外科医が減ってきて、外科医が救急をやらなくなってきた結果という形で、外科医の不足がこういう形で現れている、という事だと私は考えております。
 しかし、実際的に、そういう問題が次々と出てきているのですが、実は外科学は非常に目覚しく進歩を遂げている学問である、こういうことを申し上げておきたいと思います。特に胃の手術が出来るようになった、あるいは乳がんの手術が出来るようになったということを見ても、わずか100年そこそこなんですね。その間に凄く安定した素晴らしい成績が残せるようになりました。昔は手術して死んで当たり前。今は助かって当たり前、死んだのはおかしい、何かミスがあったんだという時代に切り替わっているという事であります。実際の例をいくつか見てみますと、例えばこの乳がんの手術を見て頂きたいのですが、私が卒業したころ、このように洗濯板のようになる手術が当たり前でした。そしてその次に「ここまでする必要ない」という事でおっぱいはなくなる、しかし胸が洗濯板のような具合にはなっていない。そして今ではほとんどどこを手術したか分からないようなことになっている。これを見て頂きますと、こういう風な手術をやっていたものが、大幅に減っているわけですね。こういう形で同じ乳がんという一つの手術でも外科医は勉強しながらあるいは、患者さんと共に臨床試験をしながら、こういう形で進んでいるのであります。また、一方では、この臓器移植です。実は昨夜も私たちのところで脳死肝移植をやって若い連中は一睡もしていませんでしたが、臓器移植というのは1980年までほとんど無かったわけですね。それが全く新しいものとして、どんどん現場で広がっていき、いつの間にかそれが定着しつつあるのです。もっと大きく違っているものと言えば、移植のように大病院、大学病院というところだけで行うものではなくて、多くのところで、広がってきてるのが内視鏡手術ですね。今までは1990年まで無かったものがこの調子で増え続けている。例えば、これは我々の消化器外科関係のデータですが、それでも今年間3万件くらいの手術がある、というふうな形で、わずか15年くらいの間に増え続けています。そのための技術を磨くことが必要になります。患者さんにとっては、痛みは無く、入院期間が短くなるというように、非常にメリットがある、けれども外科医にとっては手術時間が延びる、あるいは患者さんにとっても、機器の値段が高い、という事で医療費がかさむ、という問題も出てきます。そういうふうに時代と共にどんどん外科そのものが変わってきていることは事実である。しかし、そういう風に素晴らしく変わっているにもかかわらず、外科医が減る現象を、今見ていただきましたけれども、そのことについて外科医に聞いてみたんですね。外科学会で、一昨年やったんですけれども、1300人くらいの外科医から聞いてみたのですが、労働時間が長い、時間外勤務が多い、医療事故のリスクが高い、訴訟になるリスクが高い、それで給与が少ないということが、外科医が考えている原因という事です。
 では、実際どのくらいの勤務時間かという事でございますけれども、アンケート調査の結果では、外科医の週の平均労働時間は約60時間で、それを病院勤務と診療所勤務、いわゆる開業医的な立場の人たちと比べてみると、病院勤務者が68.8、約70時間、それから診療所勤務者が47.7と約50時間という事になりました。ところが、その働いている病院によってどうか、という事を見ていきますと、大学病院、国公立、あるいは公的な病院までいきますと、ざっと60時間から80時間の労働、あるいは60時間以上、働いている人が六割という事になるわけです。私立病院とか診療所になっていきますと、労働時間が少し減っていきますけれども、大病院、いわゆる大きな手術をするところというのは物凄く長く働いていると言うこともこれは間違いないという事であります。そこで実際私が大阪大学の外科の教授になったときからの手術を調べてみたのですが、手術の件数というのは実はベッド数が限られていますからあまり変わらず横ばいでしたが、個々の手術時間、平均の手術時間を見てみますと、最初のものを100としますと、17年までしか集計できていませんが、17年度はちょっと減っていますが、それでも約160パーセントと1.6倍に増えている、という事になります。という事は先ほども申し上げましたように大学病院でする手術というものがどんどん難しくなり、時間がかかるようになっております。一方で、こういう流れの中で、大学のスタッフ、例えば我々の助手とか、あるいは助手以上の正式職員の数は削られているわけですね。そういう中で、外科医の仕事がどんどん増えているという事ができます。
そして、その仕事が増えるとどうなるかという事で、当直と日常の勤務との関係を見てみますと、当直をして、そのまま翌日に休ませてもらえる人なんかほとんど無くて、当直明けに手術に参加する人の比率を見ると、なんらかの形で参加するという人が72パーセントもあったという事です。当直あるいは手術をしない、というのが4分の1くらいおりましたけども、70パーセントの人間が当直しても次の日に手術をさせられている、あるいはしなければ業務がこなされないという状態になっている。仮に外科医ではなく飛行機のパイロットだとしたらどうなるでしょうか。これと同じようなことを本当にさせるかというと、ありえない話なんですね。でも、医療の世界ではこういう事が、今の常識という事になっており、国民のみなさんにはあまり知らされていないと思いますが、それが日常的に、慢性化してしまっているという事わけです。特にこれを年齢的に見てみますと、20代、30代、40代の人たちは、80パーセントから90パーセントの人たちが、当直しようがしまいが、日常の業務とは全く変わらない業務を強いられているのです。ですから、国立大学が法人化された後は、労働基準法が適用されますと、正式にやればたぶんほとんどが労規法違反という事になってしまうのではないかと思われます。これは諸外国と日本の医師数を比べたものです。OECDの他の国と比べて日本は後ろから四番目くらいですかね。1000人に対して平均2人しかいない。OECD全体を平均しますと3人。ですから、1000人に対する医師数の3人と2人の違というのは、これはもう歴然たる事実で、ずっと全世界に流されている情報なんですね。今私たちのデータを先ほど見ていただきましたけれども、OECDのデータとして、日本で働く医師は非常に労働時間が長い、他の国はまず48時間以内に収まっていると、いうふうなデータであります。
 そこで、最近の病院勤務医の事務負担の軽減についてという事で、中医協から新しい対策が、今年から出ております。それによると、クラークをつけると、加算がもらえるという事になりましたけれども、ここを見ますとこれが不思議なんです。あえて私は皆さんに知っていただきたいと思うのですが、病院勤務医の負担軽減を図る為に急性期医療を行う医療病院に対する対策のはずですが、特定機能病院は除くという事で、私たちの大学病院は全部除かれているのです。今見ていただきましたように、一番しんどく働いている大学病院は今度はずされているんですね。加算のつくようなすばらしい対策なんだけれども、実は大学で働いている人間にはあんまり関係ないという事であります。
今医師が足りないといって医師を増やすのは簡単ではない、10年くらいかかるわけですから、周辺のクラークを増やす、そのほかのコメディカルスタッフを増やす事がひとつの方法だという事は間違いないわけです。それで今回も認められたと思いますが、どういう訳か、大学病院はあまりその恩恵に浴さないという事のようでございます。
それから医療訴訟の問題であります。外科というものがそのほかの診療科と比べ、産婦人科医に次いで、訴訟の件数が多くなっております。これも皆さんご存知の通りで、これもまた外科をあるいは産婦人科を敬遠するという事に繋がる可能性はあるという事です。訴訟はどうかという事をアンケート調査の結果で見てみますと、ほとんどの外科医たちが患者さんとのトラブルを最近経験しているんですね。先ほどもちらっと言いましたけれども、病院を退院するときは治って当たり前、それ以外の場合はミスだ失敗だ、というふうに思われるような世の中の雰囲気が作られてしまったと思います。
 そこにはいろんな問題もあろうかと思いますけれども、医師として働いている人間にとっては、これは非常に辛い事であります。しかし、これが辛かろうとなかろうと、あまり問題にはならないかもしれないのですが、実はこういう事があって次に起きてくるのが重大な事になるわけです。こういう事があるがために日常の医療にそのことが影響するか、言い方を変えると、いわゆる萎縮医療とか、防御医療とか、防衛医療とか言いますけれども、何かが起きては困るので、すべきところをしないという可能性はどうか、という質問をしてみました。なんと85パーセントがそういう事があると認識しているということなんです。最終的にはこういう問題が起きてから、患者さん側にマイナスの作用していることになりかねない、という事で非常に重要な問題だという事が言えると思います。
 では、その次に給与の話はどうかという事です。これはあくまでも、アンケート調査ですので、正式な調査とは言えないかも分かりませんが、外科医全体の平均年収は、1385万円で、勤務医が1308万円で、開業医、というか診療所で働いている医師では2553万ということであった。年齢的に比べてみますと、20代30代では勤務医と開業医とであまり違いがないという事なのですが、40代50代になってきますと差が開き、50代では凄く顕著で、勤務医で1679万、開業医が3996万と。60代もこの違いがあります。
 もうひとつ、ここにあげておりますけれども、大学あるいは大きい病院で働いている人たちは兼業というのは公式に認められる場合がありますが、ほとんどの人たちが兼業しながら、正式の給与だけではなく、夜当直などをやりながら、こういう給与を頂いているという事でございます。
 わが国では、あまり職種によって給与の差が出ていないわけですが、アメリカの医師のことが紹介されていますが、いわゆる家庭医、あるいは内科医、小児科医が12,3万ドルですか、外科医がその倍くらい。麻酔科医、それから今度は脳外科医が50万ドル。あるいは心臓まで行きますと55万ドル。というふうにその進路差によって、給与に差が出てきている。しかし、アメリカの話ですと、こういう風に差がついているにも関わらず、アメリカも外科医がどんどん減ってきているという事が問題になっているということであります。
 さて、この引き続く医療費抑制政策、わが国の医療費は本当に高いのか、という事です。この図も皆さんよく見られているのではないでしょうか。GDPに占める日本の医療費の割合ですね。赤が日本で、最近は約8パーセントくらいという風に言われていると思いますが、アメリカ、ドイツ、フランス、日本、イギリス、これはちょっとデータが古うございますので、ここまでしか出ておりませんが、イギリスはここからブレア政権に切り替わって上に跳ね上がっていきます。日本はあんまり変わっていないという事で、本当に低いという事であります。これも日本の経緯を見てみますと、一県一医大という時代があって、それからまた当然増えてきたそして医療費亡国論が出てきた、それでぐっと抑えて、医学部定員を抑えて、それでこういうふうになっていっていた。
 イギリスも同じような状況になって、イギリスでは医療は崩壊してしまったので、ブレア政権からはここで方針を変えたという事だというふうに聞いております。これが2004年のGDPに対する医療費のパーセントを表しているのですけれども、日本はここで8パーセントという事になっておりますが。それで全OECD参加国の平均は9パーセントなんですね。わが国はその平均より1パーセント少ない。それでG7諸国のものを集めてみますと、G7の中では日本は最下位、G7の平均は10.2、そしてOECD全体の平均が9、そしてわが国が8パーセントということで、果たしてこれをどういうふうに見るんだという事が重要だと思います。最近は新聞にもこういうデータ出ておりますけれども、このあたりをひとつひとつ国民全体のコンセンサスを求めていく、という事が必要なのではないか、というふうに感じます。さきほども申しましたけれども、イギリスがどうだったか、というのですが、古くは「ゆりかごから墓場まで」という話ございましたが、非常に良かった。しかし、1992年ころから保守党政権が競争原理を導入して、わが国も似たようなことをディスカッションされていましたが、そういう事をやることによって本格的につぶれてしまった。そして、ブレア政権になってからそれを何とかする目的で、そしてブレアさんがやった事は5年間で、1.5倍に増やすという事で頑張られたのであります。それはそれなりに問題は難しかったんだろうと思うんですが、やはりそのくらい思い切ったことをイギリスではやられて、なんとか立ち上げようとしておられる。必ずしも解決しきっている、という事はないかも分かりませんが、そういうふうに聞いております.。
  それでもうひとつ、これは済生会栗橋病院の本田先生から頂いたスライドですが、日本の医療費が31兆円といったころに、実は31兆円はパチンコの一年間の売り上げ高と一緒ではないかと。それで医療費とパチンコでの金遣いと一緒だという事で、医療費というのは本当に高いのか。あるいは亡くなってしまってから払うと葬儀代がその半分、レジャー産業その全体を見れば72兆円、そしてそれに次いで出てくるのが、公共事業85兆円。それを外国と比べてみると、その公共事業に対する支出ですね、その他日本を除いたG7諸国を全部足し算しても日本のひとつの国での、3000億ドルと、日本を除いたところを全部足しても2600億、という事で、これどういう風に国民の前に説明し、理解してもらえるか、という事になっているのではないかと思います。
 いろいろと述べてきましたけれども、こうなった事は皆さんは認識されている、じゃあどうするんだという事です。私は責任追及する気はないんですけれども、みんなに責任があるのではないかというふうにおもいます。患者さんには患者さんの問題があり、医療サイド、我々には我々の問題があり、そして社会全体に大きな問題があったのだろう、ということであります。しかし、徐々に変わってきて、これはCOML、よくご存知だと思いますけれども、辻本さんがやっておられるCOML、この辻本さんが書いておられるのは、1990年にCOMLをスタートした時には地域の医療を地域での人々が支える為に、まず賢い患者になりましょう、と呼びかけたが、うまいこと行かなかったと。しかしそれが時代と共に徐々に変わってきて、患者さんもそういう事が分かってきている。それで、辻本さんの主張はこれから、私たち患者国民は権利を主張するだけでなく、責務を引き受ける覚悟が問われていると、それで医療の限界と不確実性を受け止めた上で成熟した判断能力と自立する覚悟を身につける意識改革が必要だと、患者さんたちがこういう事を、もし本当に思ってくれるんであれば、私たちも楽になる。患者さんたちの代表という立場の人たちがこういう事をおっしゃって頂いている。ということで時代も徐々に熟しつつあると感じます。
 それで我々医療界の反省についてでありますが、あまり時間が掛かりますので具体的には言いませんが、欧米では21世紀に入る時に改めてメディカルプロフェッショナリズムについて考え直そうと、欧米の先生方が集まって、3年ほど掛かけてまとめられました。そして、そのプロフェッショナリズムというものが必要だ、という事ですね。医師集団の社会的責任というものが必要だ、重要だ、という事を言っておられる。そしてその内容として三つのことを言われているのです。「医師は,患者の利益を守ることを何よりも優先し,市場・社会・管理者からの圧力に屈してはならない」「医師は,患者の自己決定権を尊重し,「インフォームド・ディシジョン」が下せるように,患者を助けなければならない。」「医師には,医療における不平等や差別を排除するために積極的に活動する社会的責任がある」という事を集まって何回もディスカッションしてここに到達した、という事です。わが国でも医師会の倫理綱領が出ておりますが、非常に綺麗な文章が並んでいますけれども、これほど分かり易い文章にはなかなかならない。そして我々の反省のもうひとつのことを申し上げますと、これは昨日も専門医人訂正機構の理事会があったわけですが、専門医制度、この図は、私の周りの各学会の専門医制度、私が関係する専門医制度全部がこの中にこういう形になっている。これが国民の皆さんに分かるかというと分かりっこないという事を私は申し上げたい。だからもう少し内部でここを整理し、本当のわが国の医療に定着させる専門医制度を構築するという事が重要であり、そういう目を開いた医師が育たなければならないというふうに思いました。こういうふうになってきた理由のひとつとして、本当は以前からあります専門医認定制協議会、あるいは認定制機構というものがあってですね、なんとか個別もものじゃなくて、第三者的な組織を医師会、医学界も含め、そしてこの専認機構が一緒になって、全体としての組織を作ろうという努力をずっとやってきた訳ですね。ところが厚労省が平成14年に広告の規制緩和という事から、法的に学会単位での専門医制度を承認したんですね。そのときに私は情けないと思ったというのは何かというと、この次なんですが、学会なんです。学会が承認されたわけだから、個々の学会が自分たちのメリットを優先したような形の方向にどんどん動き出した。ここに私はプロフェッショナルが欠けていたと言わざるを得ないと思うのです。我々の反省としては、医療全体を見渡して、もう一度やっていかなければならない、という事であります。これがわが国の医学会ですね、医療界の構図。日本医師会があって、そしてその中に医学会がある。そして医学会は年間1億5千万くらいの補助金をもらう。そしてその下に我々学会は、外科学会、内科学会などは年間20万円という補助金をもらうという構図になっていたんですね。内容的には医師会とは専門医制度と色々意見も違う。それでこういうふうな構図になっていること自体、医学会あるいは医学会の方はご存知ですが、各学会の方はあんまりご存じなかった。それでずっとこういう構図を学会自ら認めていた格好で20万円ずつ頂いていた、という事でした。私が外科学会の会長の時にこれは少し問題なのではないか、という事を提起いたしました。そして最終的にはこの20万円を今もらうわけにはいかないんではないか、という事で辞退しました。という事で日本医学会の中で、内科学会、外科学会が別々に行動するのではなくて、臨床部会としてひとつの行動体、有機体になるべきではないかという提案を申し上げた。というのがこの臨床部会の設置を要望した、という事で、それがそのまま現高久会長から認められて現在に至っているのであります。本日3人来ておりますけれども、その臨床部会の中の運営委員会の3人が来ているという事であります。昔あったものというのは形は整っているように見えるんですが、具体的に実行性を生むような医学会になっていなかったので、それぞれ基礎医学を追求する人たちにとってはそれなりの、社会医学を追求する人にはそれの、臨床医学をやる我々は臨床医学の共通の問題点について、集まって問題提起をし、そしてそれを厚労省に対して、あるいは政府に対して、あるいは医師会に対してものをいう事の出来るものを作っていこうという組織を作っていくべきではないか、という事であります。
 一、二年前はどちらかというと、患者さんと医師というものが医療訴訟や医療不信という形で、こういう構造を見せられた、という事でありますけれども、やっぱりこれでとどまってはならないという事で、やはり国民と医師というものは、同じところ同じ方向に向かって働いている集団であるという認識を持つ必要があるだろうと。それがいろんな社会的要因がある訳で、その社会的要因に対して、医療を挟んだ、医療を提供する側と受ける側とが一緒になるという事をして、こういうふうな構造を作る努力をする、これがいわゆる医師のプロフェッショナリズムではないか、という事を主張させていただいているのでございます。
 そこで外科学会が終わったあとですね。去年のことですけど、7月の段階で全国紙に意見広告を出させて頂きました。そして言いたい事は何かといいますと、医師のプロフェッショナリズムを回復しようじゃないか、という事と、もうひとつは国民の皆さんと共に手を組んでいくべきではないか、そしていろんな社会的要因に対して、打開に向かって行動を起こそう、という事を申し上げた訳です。
 これが最後になりますが、よく言われる事ですけれども、高齢化社会になって医療費がますます増加すると。だから医療費を抑制という話がずっと医療費亡国論の時からずっと続いてきたという事であります。しかし私は憲法19条の問題も色々とありますが、憲法25条という事をもう一回考え直す必要があるのではないか、と思っています。「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」「国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」我々は憲法でこういう形で記述されているものをどういうふうに国民に分かって頂けるのだろうのか、というふうに思います。この医療費を抑制するという事は、この立場に立てば×がつくんではなかろうか、という事を申し上げたい。そして本当に今からしなきゃならないことは多分この議員連盟がやっていただけるんだろうかと思うんですが、医療費は掛かります、その掛かるものを抑えて云々というのは憲法に反します。そこで捻出をどうするか、という事です。道路財源の問題もあろうかと思いますけれども、それを国民と共に、患者さんと共に、あるいは医療界も含めて、作り上げていく努力をしなければならないというふうに思っております。そういう事で今日は講演させて頂きました。ちょっと時間をオーバーしましたけれども、私の発表を終わらせて頂きます。どうも有難うございました。

司会
 ちょっとお一言づつ、是非。池田先生、そして八木先生。

池田康夫先生
 慶應義塾大学の池田です。実は私は2006年日本内科学会の会頭を務めさせていただきまして、内科学会として日本の医療の中でどういう役割を果たさなければいけないか、という事でお話させて頂きました。今、門田先生からお話がありましたけれども、現在医師のコミュニティが、何を考えているかという事を、やはり国会議員の先生方と、フランクにお話合いをする事がとても大事なんじゃないかという事を私は思っています。今までは、医師と先生方との話し合いというのは、どちらかというと日本の医師会の先生方とのチャンスが多かったのですが、今話がありましたように、日本には「日本医学会」という学術団体、学会を統轄する組織があります。今、日本医学会に属している学術団体は105団体ありまして、もちろん日本にはその105以上に、沢山の学会があります。そして医学会に属していない学会は、本当に雨後の竹の子のように増えています。これらの学会は、何を考えているかというと、自分たちの学会の利益の為のみを考えているものもあれば、患者さんの為に何をしなければならないか、と言う事に、意欲的に取り組んでいる学会もあります。
 この度、日本医学会では「医学会総会を4年に1回やるだけではなくて、日本の医療のために学術団体として、どのように情報を発信するか」が非常に重要であることから、門田先生、あるいは八木先生と一緒に、高久医学会会長の元で臨床部会というのを立ち上げまして、積極的に医学会から発信しよう、という事になりました。心ある学術団体と言うと、言い方はおかしいですけれども、そういう学会では患者中心の医療の確立に取り組んでいます。例えば、私は血液が専門ですが、その血液学会の今年のテーマも、「患者さんとの共生」です。学術団体というと今までは、サイエンスを語りあう仲間内の学術的な集まりだ、という意識が、皆さんの間にも非常に強いのだと思いますけれども、今、学術団体は、社会的責任を負っており、その為に何をしなければならないか、しかもただ考えるだけではなくて、行動に移そう、というように変わってきています。
 ですから、是非本日のような機会を、今後も医学会とも沢山持って頂いて、医学会と議員の先生方との連携を、もっともっと築いていかなければならない、という状況にあるのではないかと思います。勿論、医師会は医師会で、やはり開業の先生を含めて、診療報酬など大事な問題ですし、医療費がどれだけ今後増えていくのか、もっと効率よく使えるように出来るかという具体的なお話をするお相手としては非常にいいと思います。 一方で、医師のコミュニティの中で将来を見据える、5年後10年後あるいは50年後を見据えて日本の医療をどうするか、という事を考えた時に、やはり医学会の責任、存在というのは非常に大きいと思います。 その意味で、これまで日本の医学会というのは、あまり情報を発信し、意見を言ってこなかった、という反省がございます。
 次に、初期研修を導入した、現在の医療現場の実情を言わせて頂きますが…、 医学部の学生は、大学で医学を学んでいる間は、患者さんの為に何が出来るか、いろんな領域、小児科、産婦人科、あるいは外科、血液内科、循環器、どんな領域にもみんな興味を持って本当に目を輝かして、こういう医者になりたいんだと考えています。しかし実際卒業して、現場に行って一年、初期研修をやってみますと、それこそ先ほど門田先生言われたように、疲れきった先輩を見ると、「あの科には行きたくない」となってくる。これはもう現実なんですね。あの先輩の姿を見ると、そこの科にはいかないで、もうちょっと楽に、患者さんの為にやれないか…と、若い医師たちが考えるようになっています。
もう一つ、この初期研修は、大学から人が外へ出て行くという設置目的に適ったそれなりの効果をもたらしました。しかしこの初期研修は、ひとつ変な問題を引き起こしたのです。 それは給与格差です。初期研修の医師の給料というのは、通常の大学病院では大体月額20万くらいですかね。ですから年間300万くらいのところなんです。 ところが、医師の不足している地方の病院に勤務すると、それが大学出た途端ですよ、まだ医者の第一歩始めたところに、年間1000 万あるいはそれ以上の給料を出すところがあるんですね。つまりまだ報酬を得るにふさわしい仕事をしていない医師たちが、それだけのお金がもらえる事態がおこっているのです。それはやっぱり考え直さなければならない。つまるところ、彼らのお金に対する考え方がちょっと曲がった方向に行くんじゃないか、とそういう危惧を私は持っています。ですから、その辺りも、これはあんまり表に現れない問題ですけれども、今後医学会としても、取り組んでいくべき問題として、非常にシリアスに考えているんです。
  それから最後に、もう1点。薬学が6年制になりました。そして看護学、これも非常に重要な医療の領域です。それから臨床検査医学、あるいは医療工学士、このように色んな領域の医療に関係する職種が出てきました。その方たちと話し合いを持ち、医療をどのように役割分担するかの方向付け、これはもうなるべく早い時期に、国民のコンセンサスを得ながら進めなければいけないでしょう。 例えば、医療の中で、ある分野は薬剤学をやっている人、こちらの分野は医療薬学をやっている人たちに、こっちは看護師におまかせするなど、そして医師はそれらの状況でどのような役割を担当するか、という事を国民と一緒にあるいは患者さんと一緒に考える、という時代に来ています。 この辺りの課題になりますと、やはり法的な問題も非常に大きくなってくるのかなと思いますので、是非、議員の先生方のご協力を得て、これから先何十年と、日本の医療が、本当に世界のトップレベルで安心した医療であると、言えるような形態にする為に、我々も頑張りたいと思いますので、先生方のお力をお貸しいただければと思っています。すいません、勝手なことを申し上げて。

司会
はい有難うございました。それでは八木先生お願いいたします。

八木聰明先生
 日本医大の八木でございます。恐らく申し述べることというのは、ほとんど門田先生が言われたことと同じになるのですが、多少切り口が変わるという事でご了承下さい。今、池田先生も言われましたように、その新医師臨床研修について、さきほど門田先生はシステムの問題ではない、というふうに言われましたが、かなり大きな崩壊に向けた加速をしたことは事実です。それでどういう事が起こったかといいますと、学生あるいは研修医が、非常に悪い言い方をすると患者さんのQOLではなくて、自分のQOLに目覚めてしまったんですね。完全に目覚めました。それまでは我々というのは、卒業して、徒弟制度みたいに一生懸命やるのが当然だ、という一過性の発熱のような感じで、例えば外科なら外科にボーンと飛び込んで行ったし、私どもも耳鼻咽喉科というのは完全な外科系ですので、そういうところへ飛び込んでいったわけです。しかし、新医師臨床研修の2年の間に十分自分のQOLを考えるようになった。非常に悪いほうのQOLですが、ただ悪いとも言えないのですね。ですから、その辺を十分考えないといけないというのが池田先生のお話にもあったのですが、そうすると、これが全ての理由ではありませんが、大きないくつもの理由があって、現状があるということです。例えば耳鼻咽喉科ですと、このシステムが始まる前は大体医師になった人の4パーセント位が耳鼻咽喉科になっていったんですね。今2パーセントから多くて2.5パーセントになりました。これは急激な落ち込みです。外科系はみんなそういう格好になっている。内科もそれでは多くなったかというと、そうでもないので、どこに医者は行ったのか、という話があるくらいですが、そんな結果です。それで、将来的にこれが続くと何がおきるかというと、ただ医療が崩壊するというより、我々の立場でいうと、指導者がいなくなる、外科系なら外科系で、例えば門田先生の技術を継いでいく人たちがいなくなる、と。その人がいなくなれば、次に技術が受け継がれなくなって、しかも発展しなくなりますから、単なる技術だけでなく色々なものが下に向いていってしまう、という事が、この10年、15年後に起こるわけです。池田先生が、「我々も頑張ります」と言いましたけれども、頑張れる年限は我々にはもう限られている訳で、次のジェネレーションが育たない、という事が非常に大きなこととしてある。じゃあどうすれば良いかという事は我々も本当に頭を使って考えている訳ですが、是非この議連の先生方にも考えて頂いて、我々協力というより、我々自身の問題ですので、本当に一生懸命やりますので、ご一緒に考えさせて頂ければ非常にあり難いと思いますし、こういう機会がありましたら、何回でも私ども参りますので、是非宜しくお願いいたします。以上です。

司会
 はい、どうも有難うございました。

 

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